繋がる技術
繋がる技術
開発ストーリー vol.5
日本の宇宙産業の未来を形づくる原動力へと
宇宙空間で軌道に乗った人工衛星から、正常に動作していることを知らせる信号が届くと、地上基地局のインジケーターがピコッと小さく光ります。初めてその光を目にしたとき、まるで宇宙から思いを伝えようとしているかのようで、愛きょうのある誇らしげな光に感動したことを覚えています。
事業推進部 部長
横山 孝之
宇宙開発事業は政府主導で進められてきたOld Spaceから、民間が主役を担うNew Spaceへと移り始めています。世界各国で多彩なプレイヤーが参入し、活発な動きを見せていることはご存じでしょう。そして今、日本の宇宙ベンチャー企業は世界に追いつき追い越せとアクセルを踏みつつあります。
Old Spaceの世界では長い間、三菱電機(株)が政府主導の宇宙開発に協力し、大型人工衛星などの分野で技術を提供してきました。その中心地となっているのが三菱電機(株)の鎌倉製作所です。MEE鎌倉事業所は、これまで三菱電機グループのエンジニアリング会社として同社のもとで宇宙開発の最先端に接し、社内でその技術を育んできました。
New Spaceの主役であるベンチャー企業は、小型人工衛星を低価格で開発しては頻繁に打ち上げ、それぞれに個性のあるさまざまなサービスを提供しようと活発に動いています。しかしながら宇宙開発の技術や運用に関して困りごとを抱えているベンチャー企業が多いことも事実です。そこで、MEEが蓄積してきた知見と経験を活かし、人工衛星の開発や運用における課題をサポートするため、2022年にスタートさせたのが、宇宙開発エンジニアリング外販事業です。
人工衛星には目的に応じて、いろいろな種類がある。
地球環境の観測をする「地球観測衛星」、無線通信の中継や放送を担う「通信・放送衛星」、位置情報の計測に必要な信号を送信する「測位衛星」、宇宙空間そのものの観測や惑星・太陽などの探査を行う「科学衛星」、ISS(国際宇宙ステーション)へ補給物資を運ぶ「輸送機」など。
人工衛星は追跡管理局で運用が行われ、衛星から受信局へ衛星情報が送られる。
受信局から処理局に届いてデータ処理が実施されたのち、各提供機関から利用者へデータ提供が行われる。
人工衛星本体のベースとなる構造から、制御機構・推進系装置・通信機器、そして宇宙空間で人工衛星を駆動する電力を生む太陽電池パドル(ソーラーパネル)まで、総称して「衛星バス」(バス機器)と呼ばれる基本ハードウエア。通信・放送、測位、観測といった人工衛星本来のサービスに関わるミッション機器。そして、地上で信号やデータを処理する設備。人工衛星がその務めを果たすうえで欠かせないこうした機能の数々に、私たちの事業所は三菱電機(株)鎌倉製作所の宇宙事業で関わってきました。宇宙開発エンジニアリングの外販はそこで培った技術を活かし、システム設計を中心に解析・試験・評価、さらには運用支援やコンサルティングまでMEEのエンジニアを適材適所で充て、ベンチャー企業の多種多様なニーズに応えるソリューションを提供するものです。
宇宙開発自体がまだまだ過渡期にあり、しかも日本のNew Spaceは客観的に見て世界に後れを取っています。こうした状況だからこそ、MEEのエンジニアリング力がベンチャー企業の悩みをニーズに応じて解決し、日本の宇宙産業の未来を形づくっていく原動力になれるでしょう。そもそも小型衛星の設計を一気通貫で担えるのはMEEだけだと私は自負しています。日本政府も民間の力による宇宙開発を推進しており、JAXAがそれを支援する基金を創設したことも、この新たな事業にとって力強い後押しとなりました。
新事業をスタートするも ベンチャー企業の流儀と自社の知名度に悩む
私自身は子どもの頃から宇宙が大好きで、天体観測に夢中だった、いわゆる宇宙少年です。1999年の入社から現在までの25年、人工衛星の機器・システムの開発設計に携わってきたこともあり、この宇宙外販事業にジョインすることとなりました。
2022年10月に専任部署「宇宙事業プロジェクトチーム(以下、宇宙プロ)」が設置され、ベンチャー企業への提案活動に本腰を入れ始めます。当時私は政府機関へ出向中で、2024年にこの専門部署を所管する事業推進部長に着任することになりました。その私のもとで宇宙プロのプロジェクトリーダーを担い続けているのが小関です。
事業推進部 宇宙プロジェクトチーム
プロジェクトリーダー
小関 真吾
小関は、MEE鎌倉事業所に営業部門がないことからこの事業をどうアピールしていけばいいのかに悩んでいました。小関自身も宇宙少年でしたが、入社後は防衛関連の機械設計に携わり、営業経験はありませんでした。ただ三菱電機(株)の製作所での業務経験が長く、MEE以外のエンジニアと話す中で周囲を見る力とコミュニケーション力を磨いてきたので、宇宙外販事業の取りまとめ役として適任でした。
ベンチャー企業はそれぞれ志向するところが異なり、求める技術もニーズによって多種多様ですので、どのようなサービスを提供するのかはその都度考えていかなければなりません。その多くは、なるべく低コスト、かつ短期間での開発を目指しています。MEEはこれまで三菱電機(株)が受注したJAXA主導の大型衛星事業に携わることが多く、信頼性・安全性を慎重に考慮し、技術を高めてきました。しかし、ベンチャー企業は信頼性・安全性のアプローチ方法が異なること、加えて意思決定も早いため、最初は小関も苦労しました。
もう一つ課題があります。MEEのようにバックグラウンドに宇宙事業での実績を持ち、しかも優秀なエンジニアと技術を有している企業は聞いたことがないので、総合力の点で競合はいないと自負していますが、MEEの知名度はベンチャー企業の間でそれほど高くないのが現実です。小関が持ち前の力を駆使し、三菱電機(株)とのつながりも頼りながら開拓して、まずは1社、2社への提供からスタート。それから2年、今は10社にまで広がりましたが、私たちはこの数に満足しているわけではありません。宇宙産業に参入するベンチャー企業は、MEEのアドバンテージを魅力的なものと感じるはずですから、それをどうアピールしていくのかが今後のポイントになります。
ひとたび宇宙へ打ち上げられると容易に修理・交換ができない
その宇宙での “+(プラス)” が大きなアドバンテージに
アピールできるアドバンテージとは、MEEが宇宙開発で提供可能な“尖ったもの”と言い換えることができます。では、MEEの“尖ったもの”とは何か。それは技術単体ではなく、宇宙で使われる電源や機械、通信、つまり「+(プラス)宇宙」の技術と知見を蓄積してきたことです。そして、その“尖った”価値を実現できるエンジニアが数多くいることこそ、MEEが宇宙産業で発揮できる最大のアドバンテージだと考えています。
その一人が、入社以来、人工衛星の電源設計に携わり、現在は宇宙プロでベンチャー企業が開発した人工衛星の運用支援にも関わっている町田です。
事業推進部 宇宙プロジェクトチーム
主任技師
町田 香奈子
大型衛星向け技術を、そのまま小型衛星の設計に適用できないものもあります。町田は、人工衛星に搭載する小型バッテリーマネジメントシステムの設計で困っているという話を聞き、小型衛星をターゲットにしたバッテリーマネジメントシステムの設計に着手しています。ここにも「+宇宙」の“尖った”発想が見られます。
人工衛星の太陽電池パドルなどの設計からスタートした目黒も、今は小型衛星と並んで宇宙輸送機、つまりロケットの設計に取り組んでいます。
宇宙プロジェクトチーム
主査
目黒 英雄
ロケットは地上から打ち上げるため、「半分地上・半分宇宙」のイメージだと目黒は言っていました。発射後、上昇中に切り離す1段目のロケットは地上、人工衛星を軌道まで運ぶ2段目のロケットは宇宙空間の考え方を適用するので、そのバランスとベストミックスが難しいところであり、おもしろいところでもあるとのことです。ロケットは大規模な実機試験ができないため、環境条件設定の難易度が高く、どの企業も条件設定に悩みます。そのような課題に対し、目黒は大型から小型までの人工衛星開発で培った環境試験や設計の知見をロケット開発に応用することで、コスト削減や開発期間短縮を優先しながら安全性を実現する際のヒントをベンチャー企業に提案できます。
エキスパート集団の個々の力を “Hybrid Space” で発揮する
MEEには個々のコンポーネントに特化して技術を突き詰めてきたエキスパートが多く、リソースを適材適所で提供できるのも強みです。町田や目黒は彼ら自身がエキスパートであるのはもちろん、客先で会話する中でニーズを聞き、それを持ち帰って社内のエキスパートたちに仕事を割り当てていく技術営業のような役割も持っています。
そういえば、New SpaceとOld Spaceの中間にある“Hybrid Space”でMEEは最適な提案ができるのだと、目黒が話していました。今後は宇宙外販をMEEのより多くのエンジニアが経験し、その経験を貴重な財産に変換してもらいたいですし、私が今まで築いた社外の人間関係を社内にもつなげ、適材適所のエキスパートを取り込んで、事業を膨らませていきます。そのためにも、MEEの認知度を宇宙ベンチャー企業の間で高める活動により力を入れていきます。そして、また新たな“ピコッ”の感動を、私だけでなく一人でも多く実感してほしいと思います。
さらにその先で、これはあくまで私個人の夢なのですが、宇宙外販をMEE全体に広げ、“ALL-MEE”の事業に成長させていきたいです。三菱電機(株)のエンジニアリング会社として多彩な製品に関わるMEEの裾野はまだまだ広く、大きな可能性を秘めていますから。
取材・編集:竹村浩子、文:斉藤俊明、撮影:新山貴一