繋がる技術

開発ストーリー vol.4

開発ストーリー04
新たな価値の創出は、どの企業においても永遠の課題といえる。それを実現していくうえで何よりも大切なのは“人”であり、その “人” が紡ぎ出すアイデアやつながり、そして “実践する力” が必要だ。
三菱電機エンジニアリング株式会社(以下、MEE)では、社員が創造性を高めながら新たな取組みに挑戦し、さらなる価値を生み出せる組織風土の醸成、そしてその先の新たな事業領域の創出につなげていく「創発推進活動」が展開されている。6年目を迎えて新しいステージに入ったこの活動を、立ち上げ時からキーパーソンとしてリードしてきた名古屋事業所 脇田健一の視点と言葉で描き出す。

キラリと光るアイデアを求めて
その下地をつくり出す活動が始まる

 創発推進活動のきっかけとなったのは、2013年に実施された課長の選抜研修でした。各事業部/所や拠点から集められた課長たちに与えられたミッションは「新規事業の提案」です。このようなミッションが与えられた背景にあったのは、MEEとして新しいことに取り組んでいかなければ技術向上も事業拡大もないという、会社にとっての危機感だったと思います。
 課長たちは4〜5名1組のチームでアイデアを考え、そのアイデアを社内外のリサーチをもとにブラッシュアップして、経営幹部へのプレゼンに備えていきます。ただ、どのようなアイデアも、たくさんの人と議論を重ねるたびに行き詰まり、結局はどのチームも思うような事業立案ができませんでした。
名古屋事業所モータ・機器技術部長(兼)モータ・機器技術部モータ設計一課長 脇田 健一
名古屋事業所モータ・機器技術部長
(兼)モータ・機器技術部モータ設計一課長
脇田 健一

 この課長研修は約9カ月にわたり、計9回開催されました。私も、モーターのオプション事業、MEEの技術を生かした教育事業、バーチャル研究所の設立などさまざまなアイデアをひねり出したのですが、これだ!というものには至りませんでした。
 新規事業のアイデアをチームで考えて毎月提案し、その都度ダメ出しをされて、また提案という繰り返し。そして6回目のダメ出しを受けた後、私はふと考えたのです。
「自分たちはこれまで新規事業を考えたことがなく、そもそもどうすればいいのか進め方さえ分からない。正直、このまま何年続けても、キラリと光る新規事業提案など出てこないだろう」
 実は、私自身が携わっていた設計の仕事においても、ゼロからの発想を求められる場面はほとんどありませんでした。そこで、まずは“ありきたり”を超えるアイデアを生み出すための手法と、そのための仕組みが必要だと考えました。
 7回目の研修で、私たちのチームは新規事業自体のアイデアではなく、それを生み出すための仕組みづくりを提案しました。その中には、ハッカソンも含まれていました。ハッカソンとは、数日という短期間にチームでアイデアをつくり、それを基にプロトタイピングを行い、資料を使った説明だけでなく稼働する製作物でプレゼンテーションを行うものです。ちょうどこの頃、ハッカソンはイノベーション創出につながるイベントとして一部企業で注目され始めていました。
 この案に当時の社長が反応して、「MEEハッカソン」の開催が決定しました。私としては、これをきっかけとして、新しい製品や事業が本当に生まれてくるのではないかと大きな期待感を抱いたことを覚えています。とはいいながら、具体的にハッカソンをどう開催し、そこからどう新規事業へつなげていけばいいのかもまったく分からなかったため、すでに取り組みを進めていた企業数社に飛び込みで訪れ、レクチャーを受けました。
 ハッカソンは翌2014年からの3年間、年4回のイベントとして開催。当初は1年のみの実施という話だったのですが、社員から好評だったため、3年間の継続開催となりました。結果、延べ432名の参加を得て、420のアイデアと21のプロトタイプが生まれました。
 こうして、MEEとして創造性開発を推進するための下地が出来上がりました。ここまでが、いわば創発推進活動の“前史”といえるのかもしれません。

ハッカソン開催が新たなスタートとなり
獲得した手法の社内展開を目指す

 3年にわたるハッカソンの開催は、ひとまず好評のうちに終えることができました。2016、17年には一部社員がハッカソンで獲得した手法をもとに社外コンテストへ応募し、入賞するという事例も生まれました。私はこうした成果を聞いて、「これで一区切りついた」と胸をなでおろしました。
 ところが、終わりどころか、これが始まりでした。2017年、本社の経営企画部に異動となり、そこで「ハッカソンで得た創造性開発手法を、人材育成として社内に広める研修を実施したらどうか」という提案を受けます。
 ハッカソンではさまざまなアイデアとプロトタイプが生まれましたが、3年間の参加者は同じ顔ぶれもあり、延べ432名とはいえ実数は110名程度でした。また、製作したプロトタイプを持ち帰ってさらに深く追究しようという動きまでは見られず、このままでは新規事業創出にはつながらないと懸念も感じていたのです。
 そこで、考え方や取組み方を体系化して伝えることが、創造性開発に自ら率先して取り組むきっかけになると思い、講座の企画に着手しました。まず、講座化に向けてメンバー5名のワーキンググループを設立しました。ハッカソンに取り組む中で、これからはデザイン思考とシステム思考が重要だと考えるようになっていたため、その考えをメンバーに伝え、議論を重ねながら講座開設に向けた講師の育成や教材の準備・試行を1年かけて準備しました。
 そして、人事部のもとで2018年から創造性開発講座初級・中級①・中級②の3コースを開講し、講座を企画・実施する「創造性開発講座講師会」を組織しました。2020年には上級コースも加わり、研修としての深みが増してきていると感じます。

三菱電機エンジニアリング株式会社 創発推進活動の歴史

推進チームを立ち上げ、
仮説検証し、手法を確立する

 講座を開講し、講師会を組織した2018年、経営企画部のもとで「創発推進チーム」を立ち上げました。ハッカソンで得た創造性開発手法の確かさを社内外で検証し、創造性開発講座にフィードバックすることに加え、社内で創発活動を推進することを目的としたチームです。
 ハッカソンの経験をもとに講座を始めはしたものの、私たち自身は実際に新規事業を生み出したことがありません。この状況ではたして全社員にレクチャーしてもいいのだろうかと悩みました。それならば、得た手法を研究・実験し、何らかのアウトプットを生み出すことで証明していこう…との思いも、創発推進チームの立ち上げにつながりました。
 ハッカソンの参加者からメンバーを選抜してチームをつくり、事業活動への適用と創発推進の普及を目指す社内ワークショップをはじめ、他社との共創により事業化・製品化に取り組むなど、実践による手法の確かさを検証する社外ワークショップを行っています。
 社外との共創はこれまで4社と取り組み、実際に複数の会社でアイデアが製品として形になっています。中でも精密板金加工メーカーである㈱アイザワとは、同社の技術と設備・材料をそのまま使い、持ち運びができる焚き火「DAN+RO(ダンロ)」という製品のアイデア考案・プロトタイプ製作を実施。クラウドファンディングも活用して商品化しました。同社とはその後も継続的な交流があり、同社の新規事業の可能性を探る取り組みが進んでいます。

持ち運びができる焚き火「DAN+RO(ダンロ)」と同時期にリリースした卓上ゴトク「can+ro®(キャンロ)」
(写真左)精密板金メーカーの㈱アイザワとコラボ企画した持ち運びができる焚き火「DAN+RO(ダンロ)」はどこでも気軽 に焚き火がしたい、という思いをかなえる。両面が耐熱ガラスになっており、リアルな焚き火の炎と音を鑑賞できる。クラウドファ ンディングでは目標金額の939%を達成した。(写真右)㈱アイザワが同時期にリリースした卓上ゴトク「can+ro®(キャンロ)」は、 スリットを通して作り出す揺れるろうそくの火の影が安らぎを与えるとして好評を博している。

それぞれの場でそれぞれの思いが花開き
さらなる深化へと動き出す

 創発推進チームのメンバーは、個人の資質や職場内での立場などを考慮して私が参加を要請し、各部署の上長の許可を得て加入してきました。当初、4事業所の6名からスタートしたこのチームですが、現在、本社と8事業所の13名にまで広がっています。
社内向けMEEハッカソン特設サイトと告知チラシ
(写真左)社内向けMEEハッカソン特設サイト。(写真右)告知チラシ


 赤坂からは、普段は目の前の業務に追われて新しい事業のアイデアがなかなか出てこないところ、ワークショップでさまざまな情報に触れ、他の社員と対話する中で刺激も受けて、新しい発想が生まれる素地がつくられ始めたと聞いています。
 2019年には、稲沢事業所の昇降機技術部でエスカレーターの機械設計に取り組んでいた古賀智浩がチームに加わりました。実は古賀は、ハッカソンが開催されていた時期は三菱電機㈱に出向していたため、ハッカソン自体には参加していません。出向から戻ってきて初めて、私たちの活動を同僚から聞いて知ったそうです。
 その頃、古賀は「新しいことに挑戦しなさい」と会社から常日頃言われていたものの、“新しいこと”とは縁遠い業務環境であり、目の前の業務に追われる中で、自分自身では消化しきれない思いを抱えていたようです。自分に何ができるのかといつもモヤモヤしていたちょうどそのタイミングで、創発推進チームの活動の話を知り、興味を持ったと聞いています。社外のワークショップで私と知り合い、その懇親会で古賀自らチームへの参加を熱望してきました。

稲沢事業所 機電ソリューション技術部機械システム開発課副課長 (兼)昇降機技術部エスカレーター課 主査 古賀 智浩
稲沢事業所
機電ソリューション技術部機械システム開発課副課長
(兼)昇降機技術部エスカレーター課 主査
古賀 智浩

 古賀も赤坂と同じく社内サークル制度の試行、手法の事業所内展開や社外のイベントへの出席など、会社の外とつながる活動でもその力を発揮しています。もともと本業では社外と交流する機会はなかったとのことですが、創発推進チームの活動、例えば㈱アイザワとの共創を通して他社の考え方を知り、メンバーとの対話の相互作用からアイデアが言葉や形になっていく経験をしたことで、気づきが生まれたといいます。「デザイン思考とシステム思考に基づくMEEの手法を進めていけば新しい事業が生まれる、そこに積極的に関わって、自分にもできることがあると信じることができるようになりました」と話してくれたことがあります。
 古賀からは「いかに熱心にモチベーションを持って取り組み、それを続けていくかが重要だと気づいた」という言葉を聞いており、手応えを得ているようです。2023年度から社員をつなぐ対話を促すワークショップの開発にも取り組み、その手応えを現実の成果につなげようとしています。

創発推進活動に終わりはない
まずは文化の定着に向かって歩みを進める

 赤坂は他にも、本業のグループメンバーを戦隊ヒーローになぞらえた“レンジャー”を結成するというユニークな活動に取り組んでいます。
 赤坂が携わっている遮断器の量産設計は、業務領域が広いことから関係する部門が多く、問い合わせや依頼される仕事も多いため、大変さを感じやすい職場でもあります。しかし、量産を維持することは社会のために重要ですし、自分たちがその生産現場を守るレンジャーだという視点に置き換えれば、仕事に対するモチベーションも高まるだろうと考え、“レンジャーごっこ”を始めたのです。名付けて「気中戦隊チャージマン」。メンバー8名それぞれにカラーを割り当て、「仕事を楽しむ」ことを目指していると聞きました。
気中戦隊チャージマン
赤坂が生み出したキャラクター「気中戦隊チャージマン」(遮設二課が設計を担当する「低圧気中遮断器」が由来)は2023年で1周年を迎えた。遊び心満載のキャラクターはシールにもなっており、スマホや手帳に貼り付けている人もいるとか。

 結成は2022年11月16日の“いい色の日”で、先ごろ1周年を迎えました。赤坂いわく、このレンジャーごっこを喜んでいる社員もいれば恥ずかしがる社員もいるなど、捉え方はまちまちとのことです。ただ、大変さの中でも各自がカラー、つまり個性を出しながら、業務にさらなるやりがいを感じてくれればうれしいと話しています。1年経って、チーム力強化と意識改革の成果が生まれつつあると感じているようです。

 私は、赤坂や古賀のこうした活動を見て大きな変化を実感しています。創発推進チームを設立した目的は、新規事業を創ることではなく、ハッカソン以降確立した創造性開発手法の確認と創発活動の推進、それに加えて新たなことに挑戦する人材の育成です。その意味では手法の確かさを確認できましたし、関わったメンバーも次々に新しいことに挑戦するなど、どんどん成長していることは大きな成果です。また、メンバー以外にも、講座やワークショップのおかげで社内に意識改革が広がりつつあります。
 ただ、創造性開発を推進する活動に終わりはありません。これまでの活動で、MEEとして新たな事業を起こせたわけではありませんし、人材育成の観点でも、まだまだこれからだと考えています。そもそも、社員一人ひとりの可能性を引き出す創発推進チームの活動自体が、社内で十分に認知されていないので、その点も今後力を入れていかなければなりません。
 MEEには、社員個々の自発的活動をバックアップする社風があります。今後もこの活動を通じて、創造と挑戦によりさらなる価値を生み出す文化を定着させていきたいですね。

古賀智浩、脇田健一、赤坂健一
左から古賀智浩、脇田健一、赤坂健一
※取材内容、所属・役職および写真は取材当時(2023年12月)のものです。
取材・編集:竹村浩子、文:斉藤俊明、撮影:小林大介