開発ストーリー03
 産業界の展示会は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に大きく様変わりしつつある。これまでのようにリアルな現実空間の会場に製品を設置して紹介するだけでなく、リアル同様の展示ブースとコンテンツをCGで作り上げ、来場者が思い思いに操作しながら自由自在に見て回れる仮想空間での展示がその注目度を増している。今回は三菱電機エンジニアリング株式会社(以下、MEE)姫路事業所が開発した、Webサイト上で現実空間さながらにコンテンツを体感できる「バーチャル展示」ソリューションサービスの裏側と、そこに込めた思いについて、開発をリードした姫路事業所 田原に聞いた。

パンデミック下で急きょ表舞台に上がった仮想展示コンテンツ

IIFES 2022 三菱電機(株)ブース
2022年1月末に開催されたIIFES 2022 三菱電機(株)ブース。 社外向けバーチャル展示会のデビュー作である
 三菱電機(株)のバーチャル展示は、私が所属する姫路事業所デジタルソリューション部コンテンツ制作課で制作したものです。このときは三菱電機(株)がリアル出展を取りやめたため、バーチャル展示の有効性はより一層印象づけられることになりました。

 実は、そもそも姫路事業所がバーチャル展示の仕組みを開発したのは、このIIFES 2022に向けてというわけではありませんでした。
 コンテンツ制作課は、CGや実写の動画を用いたプロモーション素材、カタログ、リアル展示会で使われるコンテンツなどを制作し、MEE社内や三菱電機グループ内に提供する役割を担う部門です。映像や写真の撮影、それらを効果的に配置して魅力的なコンテンツを作り上げるデザイン力はもちろんのこと、とりわけCG制作のスキルやノウハウには自負するところがあります。そうした背景から、CGというコンテンツ制作課ならではの資産を、これまでとは異なる新たなソリューションにも活用できるのではないかと、私はIIFES 2022から遡ること数年前の時点ですでに考えていました。

CGのノウハウをかせるソリューションを見つけ出す

 とはいえ、コンテンツ制作課では初めからバーチャル展示という仕組みの実現を目指していたわけではありません。新たな活用の可能性として、まずはVRコンテンツやリアル展示会で使うサイネージにCGを活かすことを検討しました。VRについては三菱電機(株)姫路製作所向けに制作した実績もあります。ですが、三菱電機グループ内の顧客は製品・サービスを広く一般にアピールする用途でCGを活用するケースが多いため、特定の顧客への訴求に向いたVRではなく、Webブラウザ上で表示するコンテンツにCGを使う方向性で新たなソリューションを検討することとなりました。
姫路事業所
コンテンツ制作を担った姫路事業所
 コンテンツ制作課では、工作機械が動作する様子を実際の加工シーンを撮影する代わりにCGを駆使して事例解説するという取り組みを、かなり早い時期からスタートさせていました。

 私の仕事のしかたとしては、まず大前提として製品に関して深い知識を身につけます。その上で、コンテンツ制作に先立って顧客からどういったコンテンツにしたいかをヒアリングし、顧客のふわっとしたイメージにストーリーを与えていきます。あるいは「カッコいい」「かわいい」「高級感のある」といった希望から聞き、その演出を加えた絵コンテを提案します。例えば顧客の要望が高級感を出したいということであれば、ブランド物の腕時計やバッグなど世の中の高級商品の広告演出を参考にすることもあります。

 三菱電機(株)にはどちらかといえば“堅い”製品が多いのですが、堅いものであっても見た人におもしろいと思ってもらえるCGが望ましいというのが私の考え。私自身、水彩画を描くのが趣味で、前職はデザイン事務所に勤めていた経験もありますし、そもそもコンテンツ制作課自体にそういったCG作りのノウハウがあるので、新しいソリューションはせっかくならその資産を活かせるものにしたいという思いがありました。そこで頭に浮かんできたアイデアが、バーチャル展示だったのです。

 正直、そのアイデアがすぐビジネスにつながるとまでは思っていませんでした。ですが、2019年11月に開催されたIIFES 2019向けのWebサイト用コンテンツとしてバーチャル展示が三菱電機(株)に採用されたのをきっかけとして、コンテンツ制作課としても開発に力を入れていくことになりました。

事業部連携で誰もが使えるバーチャル展示システムが誕生

e-ソリューション&サービス まるわかりガイドブック
2020年に齋藤が制作した「e-ソリューション&サービス まるわかりガイドブック」。
 そうした経緯から2021年、e-SSのクリエイティブセンターで事業の商材プロモーションを深めることを目的に、バーチャル展示サイトを構築しました。さらに翌2022年、バーチャル展示をより便利に使えるようにするため、どの事業所からでもサイトを簡単に構築でき、顧客との接点を強化する目的にも活用できる仕組みとして、e-SSが「e-SS BU販促用バーチャル展示システム」を開発するに至ります。

 バーチャル展示のコンテンツ自体は私たち姫路事業所にしか作れませんが、他事業所の技術やデザインの知識がない社員でも画像や動画をこのシステムに流し込めば、バーチャル展示ブースが出来上がる仕組みになっています。このシステムを活用することで、エンジニア集団であるMEEの各事業所が持つ技術や商材を、より広く、しかもより効果的に紹介できるようになると期待しています。

リアルを上回るレベル
来場者を呼び寄せたコンテンツ制作の極意

 e-SSでこうしたシステム開発の取り組みが進められるのと並行して、私はIIFES 2022の数か月前、三菱電機(株)にバーチャル展示の活用を提案していました。この提案は無事採用され、コンテンツ制作課ではそこから試作を何度も繰り返しながら、IIFES 2022で展示するコンテンツ作りを進めていきました。バーチャル展示が社外の大々的な場面で採用されたのは、これが初めてのケースです。

 ちなみに、IIFES 2022でバーチャル展示会に来場した人の数は4万人に達しました。IIFES 2019のリアル展示会に訪れたのが3万人程度だったことを考えると、バーチャル展示のソリューションサービスは本格的な“メジャーデビュー”から大きな成功に貢献できたのではないかと、私としてはうれしさとともに大きな達成感も得ています。

 私はこのIIFES 2022で、プロジェクトの立ち上げ段階から取りまとめ役として携わり、CGを360度のパノラマ展開で書き出す手法やブラウザ上での表現技法といった技術面を含めて、具体的なアイデアを考える段階にも積極的に関わりました。

 例えばCGのパノラマ展開では、来場者がバーチャル空間を動き回ってデモ製品を見るとき、「ここに立つと見る側の感覚としては遠く感じてしまうので、立ち位置を少し前寄りにする」……といったように立ち位置をどこに設定すればより印象の強い見え方になるかを検討し、調整も緻密に行いました。と同時に、Web上での閲覧がスムーズに行えるようコンテンツの見栄えとともにファイルサイズを最適化することも重要なポイントでした。
(左)360度カメラで撮影したパノラマ写真(右)8Kの360度カメラで撮影して作成したバーチャル展示ブース。
(左)360度カメラで撮影のパノラマ写真から臨場感あるブースができる。
(右)現実のブースを8Kの360度のカメラで撮影して、作り上げる高解像度のブース。

“ならでは”のバーチャル展示の優位性と、それを支えるもの

 姫路事業所のバーチャル展示のソリューションサービスには、他社の同様のサービスとは異なる特徴があります。
 一般的なバーチャル展示システムは、工程の多くの部分をフォーマット化し、そこにコンテンツを当てはめていくものが主流です。その点、姫路事業所のコンテンツ制作課が開発したバーチャル展示は、会場のブースを、元となる図面を活用して顧客ごとにイチからCGへ起こすところから着手します。しかも、ストーリーや演出の提案からコンテンツ作成、バーチャル空間上での動線など含め、全てをMEEスタッフで完結します。だからこそ、制作のあらゆる段階で顧客の要望を丁寧に聞き、ニーズに応じて柔軟にカスタマイズできる、クオリティーを担保できるという点が、他社のサービスと異なる優位性であると自信を持って言えるのです。

さらに、バーチャル展示自体も単純に見栄えを強調するのではなく、エンジニア集団であるMEEの強みを最大限活かし、製品の魅力を余すことなく伝えるものになるよう心がけて構築します。これが実現できるのも姫路事業所ならではの強みと言えるでしょう。

実は、バーチャル展示の取り組みが大きく動き始めたのは、2019年3月入社の亀井がコンテンツ制作課に配属されてからのことです。亀井は配属の当初からバーチャル展示に関わり、CGを使った動画制作を主に担当しています。そもそも亀井は専門学校時代から3D CGを学んでおり、そこで得た技術を活かして産業系のCGデザインに携わりたいと考え、MEEへの入社を志した人間です。

社内のスペシャリストと連携してブラッシュアップする

 MEEには多様な分野のスペシャリストが集まっていて、例えば発電機など通常なかなか扱えない製品の良さをアピールするCG制作も体験できるのが楽しいところだと、亀井はよく話しています。私としてもそのスペシャリストたちをつなぐ事業所間連携の敷居の低さ、交流のしやすさが、MEEの“すごいところ”だと実感しています。

 そういったMEEの良さを最大限活かしながらコンテンツ制作に取り組んでいる私たちの仕事を、e-SSの齋藤は部門外からの目線で“表現の魔術師”と評してくれます。本当に魔術師であるかどうかはともかく、MEEの中でもクリエイターとしての要素は強い部署ですし、その意味で少しとがった異色なセクションだとは思います。齋藤はその、社内では一風変わった私たちが生み出すコンテンツをうまく使って、e-SSが開発したバーチャル展示システムで社内はもとより三菱電機グループ内、さらには一般企業へと、MEEの製品・サービスを広めていくのが夢だと話していました。
MEEバーチャル展示の強み
 私自身も、バーチャル展示がリアル展示の単なる代替ではなく、今後はバーチャル展示そのものの価値向上を図っていくことが必要だと考えています。そのためにも、プログラミングが得意なe-SS クリエイティブセンターとのコラボレーションは必須ですし、MEEの中にちらばるさまざまな“宝”を持つ人たちと連携し、一緒になってよりブラッシュアップしたコンテンツを作っていきたいと思います。

 そのバーチャル展示ならではの付加価値を高めるものとして、来場者の資料ダウンロード情報などを商談やマーケティング強化に活用できる仕組みの開発が進んでいます。それ以外にも、製品・サービスのプロモーション効果を向上させる導線づくりなど、一時的な展示を超えたソリューションサービスとしてご提案できるよう、これからも社内連携を図りながらブラッシュアップしていきます。
(写真左)姫路事業所受付にて田原と亀井。(写真右)本社にて齋藤。
(写真左)姫路事業所受付にて田原と亀井。(写真右)本社にて齋藤。
※取材内容、所属・役職および写真は取材当時(2023年6月)のものです。
取材・編集:竹村浩子、文:斉藤俊明、撮影:佐々木実佳・小林大介