開発ストーリー02
 2022年9月、三菱電機エンジニアリング株式会社(以下、MEE)は社会空間ICT製品シリーズの一環としてモバイル3Dスキャナ「Field LiDAR(フィールドライダー)FZ-1000」を発売した。自動運転にも採用されるSLAM※1技術を用いた携帯移動しながらの自己位置推定と3D環境地図作成を同時に実行するプロダクトで、災害や建設現場の状況確認に威力を発揮する。同様の海外製品が高価かつ大型で手軽な導入が難しい中、国産・小型のニーズを満たす本製品。今回は、その開発プロジェクトに携わったメンバーたちの道程に迫る。
※1 SLAM:Simultaneous Localization and Mapping:自分がどこにいるのかという自己位置を推定(Localization)するとともに周辺に何があるのかなど環境地図の作成(Mapping)を同時に行うこと。

世の中に貢献する付加価値をICTで生み出す

 社会貢献。……言葉にすれば簡単だが、地に足の着いた取り組みでなければ持続的ではない。その視点で見たとき、磨き続けた技術の地盤にまた新たな技術を取り入れ、世の中の困りごとを解決していくというストーリーは、まさに自社と社会のWIN-WINを両立するサステナブルなソリューションともなる。

 日本はそもそも地震大国であることに加え、近年は地球温暖化の影響で自然災害が多発。しかも激甚化していることは誰の目にも明らかだ。一方、昨今の建設現場では少子高齢化・労働人口減少で熟練者が少なくなっており、省人化・省力化のニーズがきわめて高い。国土交通省は、前者では防災・減災を推進し、後者については「i-Construction※2」という生産性向上プロジェクトを打ち出している。このどちらにおいても、キーになるのがICTの活用だ。
※2 i-Construction:国交省が掲げる生産性革命プロジェクトの一つ。測量から設計、施工、検査、維持管理に至る全ての事業プロセスでICTを導入することにより建設生産システム全体の生産性向上を目指す取り組み。

 MEEでは2012年から「社会空間活動をセンシングし、映像と三次元でプロセス全体をつなぎ、社会に貢献する」というコンセプトのもと、「フィールドシリーズ」製品群を世に送り出している。いずれも、先に挙げた防災・減災とi-Constructionにおけるソリューションとなるものだ。まずはもともと持っていた監視カメラの技術を活かし、屋外設置型カメラにレーザスキャナを搭載した定点観測向け製品「Field Viewer®(写真1)」をリリース。これをベースに、シリーズ第2弾として独自のAI配筋計測技術でデジタル配筋検査を実現した「Field Bar」を開発・発売し、2022年にはシリーズ第3弾「Field LiDAR」の開発がスタートすることとなる。

培ってきた技術をどう組み合わせ、どう発展させていくのか

 植木は1990年に入社後、監視カメラとそれに関わる装置・システムの開発に携わってきた。1996年、郡山支所が設置されたタイミングで同支所に転勤し、郡山に拠点がある関係先企業の監視カメラやシステム開発の支援を経験。その後、1998年に立ち上がったメディアシステム事業所に異動する。

 「メディアシステム事業所でも、郡山時代の人脈を活かしながら監視カメラに関わる装置やシステムの設計を手掛けました。いわば入社以降ずっと、監視・センシングのソリューションに携わってきたわけです」

 2021年、社会空間ICT部ICT第一課長に着任。そして今回、シリーズ第3弾の開発プロジェクトを柱として牽引することになった。
メディアシステム事業所 社会空間ICT部ICT第一課長 植木秀彰
 シリーズ第3弾に企画されたのは、「Field Viewer」の次のステップとなるモバイル3Dスキャナだ。「Field Viewer」は監視カメラに3Dレーザスキャナを搭載するという画期的なアイデアの屋外設置型製品で、主に河川監視で使われているが、2011年の東日本大震災以降、そこからさらに一歩進み、災害等の現場状況をより精度高く把握できる製品の開発が望まれていた。

「当社はもともと監視カメラに取り組んできたため、それを河川・道路・設備等の監視だけでなく他の用途にも役立てられるのではないか、という発想が以前からありました。そうした素地があったことから、監視カメラの映像に加えて三次元の点群データで現場の状況を見える化し、防災・減災をはじめとするさまざまな用途に活用しようというアイデアが生まれてきたのです」

 MEEが磨いてきた屋外監視技術の高度化によって、世の中のニーズに対し新たな価値を提案するものであり、まさに植木が歩んできたステップともフィットするプロダクトだ。

 それまでのシリーズ製品は、同じ社会空間ICT部であるものの植木とは別の課やグループが手掛けたものだった。しかし、今回の製品はようやく植木のもとで開発することに。「企画が持ち上がったときは、高いモチベーションを感じましたね」と植木は開発当初を振り返る。

 そこで浮上してきたのが、レーザの反射で距離を測るLiDAR(ライダー)というリモートセンシング技術を利用したモバイル3Dスキャナの企画である。レーザを周囲の対象物に照射して点群データ(写真2)を取得し、SLAM技術を用いて移動しながら3Dの環境地図を生成する製品だ。これを災害現場に持ち込めば、土砂崩れや河川決壊といった現場の状況を詳細な地図に可視化できる。その情報をもとに流出土砂等の定量データを分析することで、今後の防災・減災などに役立てることが可能となる。
点群データ活用例
写真2:点群データ活用例
まるで写真のように状況を可視化できる3D環境地図を生成。
 「実は、こうした製品自体はすでに存在しています。ただし主力製品は海外製であることから、使いにくさやメンテナンス面での利便性、高価でかつサイズが大きいという問題もありました。
 一方、MEEには屋外で活躍する環境耐性の高いカメラ技術があり、レーザ測距技術もあります。こういった既存の技術を生かせないか……というのが発想の根本にあったのです」

育ててきた社員たちとの “絆” がプロジェクトに発展

「研究・開発をスタートした時点で、海外製の主力製品に比べ導入しやすい価格で、かつコンパクトな3Dスキャナをつくり出すという具体的なイメージを持っていました」

 とはいえ、ひと口に安価に、そしてコンパクトにするといっても簡単なことではない。また、製品に必須である自己位置推定と環境地図作成を同時に実行するSLAM技術は、昨今の自動運転やお掃除ロボットに使われる注目の技術であるものの、MEEでは扱った経験がなかった。

 そこで2021年4月から、SLAMソリューションを研究開発する名目でシリーズ第3弾「Field LiDAR」を生み出す新プロジェクトがスタート。植木のもと、ICT第一課の西田大輔と冨永瑞希もコアメンバーとして加わった。
メディアシステム事業所 社会空間ICT部 ICT第一課 西田大輔 冨永瑞希
 2012年入社の西田は植木のもとで監視カメラ関連機器の設計に関わった後、姫路にある関係先の小型シーケンサ(PLC)設計支援で2年間の長期出張を経験。メディアシステム事業所に戻ってからは監視機器設計やコンパクトカメラ評価に携わり、さらには今回の製品でも成功要因の一つとなったAIプラットフォーム設計を手掛けるなど、多彩な分野で実績を積んできた。プロジェクトでは基礎開発から実証実験に至る取りまとめ、基礎試作品の取りまとめ、そして実際の製品開発と、まさに大車輪の活躍を見せた。

 もう一人の冨永は2018年の入社。当初は産官学連携のUAV※3(無人航空機)搭載機器開発に携わり、翌年から上記のAIプラットフォーム開発に参加した。ちなみにこの2人のいずれも、新人時代の教育担当は植木だったという。いわば植木の直弟子たちで、入社時から絆で結ばれていたわけだ。

 この3人が中心となり、“導入しやすい価格でコンパクト”というイメージを「Field LiDAR」で具体的な形にするため、研究開発に取り組んでいった。
※3 UAV:Unmanned Aerial Vehicle:人が搭乗しない航空機(無人航空機)。現在ではドローンのことを指すことが多い。

「他社の追随をゆるさない」短期製品化を実現

「立ちはだかる主な課題は、SLAM技術に関わる部分と、部品の問題、そして開発期間の短さの3つでした。中でも、開発当初は未経験のSLAM技術が壁になりました(植木)」

 この3Dスキャナの使用シーンを想定すると、手で持ち運ぶ、あるいは背負子に取り付けて歩きながら計測する機器であるため、どうしても揺れが発生する。平坦な道でも揺れはあるが、災害現場となれば道が荒れ、段差も多い。こうした揺れが環境地図生成に影響を及ぼすため、揺れの解消は必須だった。

 ただ、これについては開発当初から見えていた課題だったと西田は言う。
「実は既存製品でこの種の揺れを補正する技術はあったので、それを水平展開しました」

「そもそもSLAM技術自体で、竹刀に機器を付けて振っても大丈夫なレベルの補正処理が可能です。大きく振りながら歩いていっても、ある程度の揺れまでは対応し、きちんとデータ化できるのです。ですからまずはSLAM技術で補正できる揺れの限界を確認し、それでも補えない揺れについては既存技術でキャンセル対策を施しました」と植木も言葉を続ける。
使用例
 SLAM技術に関しては揺れ以外の課題もあった。同技術の特性として、一方向への移動で計測時間が長くなると誤差が顕著に蓄積されてしまう問題だ。

 「Field LiDAR」では、もともとRTK-GNSSという高精度測位システムを搭載し、点群データをローカルの座標系から世界座標系に変換する計画にしていた。SLAMの誤差蓄積問題には、このGNSSの座標をSLAMの処理にフィードバックすることで、誤差を内部補正する処理を取り込み、解消した。

 2つ目の課題は部品に関するところだ。プロジェクト期間にはコロナ禍と半導体不足が重なる。よって設計以外に部品選定も担った冨永は必要な部材をそろえようにも、思うように集まらず苦労することになった。

「普段であれば1カ月で集まるものが、1年半後でないと入手できないと(商社に)言われたこともあり、結局手に入らずに部品を替え、構造設計まで考え直す事態もしばしば発生しました」と冨永。

 そして3つ目が短期開発ミッションへの対応である。核となるSLAM技術のアルゴリズム検討に入ったのが2021年4月で、10月から試作機の開発と評価を実施。2022年4月からは製品化開発に着手し、早くも9月末に製品化を完了して3台の出荷を実現した。

 植木はこの短期に製品化を実現できた理由をこう話す。
「他社の追随を防ぐため、可能な限り早く社会実装するという基本方針がありました。ICT第一課のコアメンバーたちの頑張りはもちろんのこと、分業による協力体制を構築できたことが大きかったですね。郡山支所で構造設計を担うICT第二課のメンバーとはオンラインで密に連携したほか、SLAM技術のアルゴリズム検討は関係先の情報技術に関する研究所、そして製品デザインではデザイン開発に関わる研究所のブレインに入ってもらいました」

価格見合いを超える “精度” と “コンパクトさ”に高い評価

 持ち運んで利用するモバイルユースの機器として、コンパクト化は至上命題であり、前出のとおりこの部分もハードルとなった。植木は小型化するための構造設計で苦労したと振り返る。

「強度はもちろん、熱にも対処しなければなりません。屋外で使用するのである程度の雨を防げる構造でありつつ、内部の熱をうまく排出でき、かつコンパクトなものをということで、郡山支所のメンバーにも頑張ってもらいました」

ここで力を発揮したのが、西田と冨永で開発に取り組んだAIプラットフォームである。「Field LiDAR」にAIそのものは搭載していないが、このプラットフォームを採用することで、SLAMやGNSSを使ったリアルタイム処理の負荷を下げることができ、全体の小型化につながった。

 小型化を実現するうえではデザインも重要な要素となる。デザイン開発のブレインが提示した4つの案から最終的にプロジェクトメンバーの多数決で選定したデザインは、モノトーンカラーで美しい六角形という外見的特徴もさることながら、デザインに合わせて内部の排熱構造やケーブル配置が工夫され、2022年度グッドデザイン賞を受賞するという栄にも浴した。
2022年度グッドデザイン賞を受賞
六角や円筒などの幾何学形状を生かした巧みな基板配置によって排熱問題の改善や本体のコンパクトさを実現し、現場での使いやすさを向上するなど、
シャープなデザインに加えて本質的な性能追求を評価され2022年度グッドデザイン賞を受賞
 製品の評価は、市街地のビル群や都市部の公園、各地の森の中、橋の上と下、堤防などさまざまな場所で実施。思うようなデータが得られないときは原因を探り、パラメータ調整を繰り返して、完成度を高めていった。結果、仕様にうたう精度をきちんと実現している。

「これまで高価な海外製品を使っていた顧客からは、導入しやすい価格でありながら、防災・減災やi-Constructionの用途において必要十分な精度をしっかり出していると評価していただいています(植木)」

既存技術と最新技術の融合が未来を描き出す

 初めて取り組んだSLAM技術に加えて、MEEが培ってきた技術を駆使したカメラからの色情報付与などの機能、そしてGNSSなど多様なセンサからのデータをリアルタイム処理する性能を備え、高い精度を実現しながらこのコンパクトさとコストも両立する国産製品はほかにない。

 MEEの製品開発について、西田は「もともと持っている技術に最先端技術を組み合わせてアセンブリする力」、植木は「ユーザーのニーズを察知するアンテナの高さと、スピーディーに製品化する実行力」がMEEの“すごいところ=底力”だと語る。

「今回の取り組みで、SLAMという有望な最新技術を獲得できました。SLAM自体は奥が深く幅も広い技術なので、まだまだ多くの可能性を秘めています。今回は、その全体像をつかむことができ、今後の製品展開に生かせる感触を得られたことは大きかったですね。
 この技術を防災・減災やi-Constructionはもちろん、さまざまなシーンに生かしていくことで事業の発展、そして、その先の社会貢献につなげていくことができます」と植木は語る。

 今回の開発に携わったメンバーたちは、無限の可能性が広がる“未来”を見据えながら、すでに次の新製品開発に向けて、さらなる一歩を踏み出している。

既存技術と最新技術の融合が未来を描き出す

集合写真
※「Field LiDAR」および「Field Viewer」は三菱電機エンジニアリング株式会社の登録商標です。
※取材内容、所属・役職および写真は取材当時(2022年12月)のものです。

取材・編集:竹村浩子、文:斉藤俊明、撮影:小林大介