開発ストーリー01

 2021年9月、三菱電機エンジニアリング株式会社(以下、MEE)福山事業所初となるMEEブランド製品「SineWave形AEセンサ」が発売された。これはAE波に反応し出力される正弦波を感知することで、設備や装置の劣化、突発事象の検出など、設備監視の課題を解決に導くものだ。新たな材料を採用し、高性能、かつ導入しやすい価格帯という革新的な製品である。悲願である福山事業所初のMEEブランド製品を世に出した、この開発プロジェクトの裏側をプロジェクトリーダーの篠原に聞いた。

※Acoustic Emission(AE)wave : 固体が変形あるいは破壊する際に、それまで固体内部に蓄えられていた弾性エネルギーが弾性波(AE波)となって周囲に放出される現象

独自の自社ブランド製品を生み出したい

 2016年のことだ。福山事業所の事業推進部に「新事業創出」というミッション遂行のためのチームが始動する。メンバーはこの年4月に異動してきた篠原慎二と事業推進部長(当時)の2人。少数ながら、知識と経験豊かな篠原と、技術への造詣が深くアイデアも多彩な事業推進部長が強力なタッグを組んだ。

 「新事業のカテゴリーに縛りはなかったので、2人でいろいろな案を出し合いました。まず出てきたアイデアはBPOビジネス。高齢化と人手不足で現場改善がままならない中小企業の多い中、私たちが培ってきた生産技術を使い、サブスクリプション型のアウトソーシングビジネスを考えたのです。それ以外にもミニマルファブや植物工場などユニークなソリューションアイデアは次々と浮かんできましたね」

 実際に実を結んだのは今回の製品、AEセンサである。それまで独自開発の自社ブランド製品を出したことがない福山事業所にとって、魅力的な新製品の事業展開はいわば悲願だった。

「福山事業所 事業推進部長 篠原 慎二」

 「いろいろと模索を続ける中、新聞でLiNbO3(ニオブ酸リチウム)を使ったAEセンサ開発の記事を目にしたとき『FA事業に関連するセンサなので、これは調べてみよう』と思ったのです。

 これまでAEセンサを取り扱ったことはなかったのですが、この新しいセンサであれば、これまでセンサの課題とされてきた複雑な信号処理がシンプルになり、『設備監視の容易化と導入コストの低減』を実現できると。

 ただ、特定の周波数しか検出できないことをどう解決するかに苦労しました。というのも、正弦波を出力するAEセンサは、調べてみても今の世の中には存在しない。各所の有識者に意見を求め歩いたのですが、『このセンサは特定のピンポイントの周波数検出になるから、その周波数を可変できなければ使えない』という指摘ばかりでした。
 しかしAE波がどんな信号であるかを調べていくうちに、私は過去の経験から、設備が発生するAE波は広帯域の信号だから、周波数を調整することなく反応するのではと考え始めていて、とにかく実験機を作って実際に試してみるしかない、実験機を作ろうといこうことになりました。

「このセンサは使える」篠原が確信した瞬間

「福山事業所 事業推進部長 篠原 慎二」

 新事業のための特別開発費申請リミットは迫っていた。2016年の年内から準備に取りかかっていたものの、モータ実験機を製作し、ようやく評価をスタートできたのは申請まで、あと1か月半というタイミングだった。

 「材料の特性からすると正弦波は必ず出る、と信じて臨んだものの、この追い詰められた状況になっても正弦波は出力されず、その原因の究明に取り組む日々でした。その結果、分かったことはノイズの影響。そこで、オシロスコープに表れるノイズの除去に悪戦苦闘しながらも、なんとか正弦波出力を抽出できたときはホッとしました。次はセンサの固定されている検出周波数でモータの監視ができるかを確認しなければなりません。少し不安な気持ちもありながら、モータ実験機の回転速度を変化させてみると、期待どおりにセンサの出力も大小に変化。周波数を調整しなくてもAEセンサが反応するという事象が確認できたのです」


「このセンサは使える」と篠原が確信した瞬間だ。

「それまで使われていた、モータの振動を検出するAEセンサは、その信号処理する装置がとにかく高価でした。それに対して、今回私たちが考えた新タイプのAEセンサは、信号処理が簡単で導入しやすい価格で提供できます。ですから事業化に欠かせない『世の中のニーズ』は見込める、そう考えて開発に取り組みました」

 2017年10月、「MEEの名を冠した製品を作りたい」という熱い思いを抱き、社内公募に手を挙げた新たなメンバーも加わり、基礎試作が始まる。AEセンサを実験機や設備へ取り付けて正弦波形を測定・分析するのだが、分析の進行とともにデータ収集時間が長くなり、ついには市販の計測器では対応しきれないという事態に陥る。そこで、組織を超えて広く社内に蓄積されたノウハウ・知見を探ると、鎌倉事業所に技術があることが分かった。無事、評価用のデータ収集機能付き信号処理装置の開発を依頼することができたのである。

「Python🄬を使ってみようや」

 「そのボードが出来上がってきたのは、2018年2月のこと。そして、4月には新事業創出プロジェクトチームが正式発足し、翌月にはAEセンサ用監視画面も完成しました。これでデータを正確に測定できるようになったのですが、ここでまた新たな問題がでてきました。金属の切削を繰り返し、片っ端から取得していったデータが膨大な量となり、データベースソフトでの処理が追いつかなくなってしまったのです。執務室内のPCを複数台、昼夜走らせても追いつかないという状況に頭を抱えてしまいました。
 実はこのとき、『このセンサで切削加工時のチッピングを検出できるのではないか』とお客様からヒントをもらっていたのです。そこで、膨大なデータから正弦波の一つひとつを観測してAE波の変化を捉えてみようというアイデアがプロジェクトメンバーの中から出された矢先のことで、効率的なデータ処理が喫緊の課題になりました」

「機能検討時から完成品までの装置の流れ」

 ここで、ベテランメンバーからのひと言が解決への糸口を開く。「Pythonを使ってみようや」。
Pythonは当時注目され始めていたプログラミング言語で、大量のデータ処理に向いているが、提案者含め、チームにPythonを使ったことのある人間は誰一人いなかった。

 しかし、「MEEブランド製品としての特長的な機能を見出すためには、チッピング検出の検証が欠かせない。やってみよう」という呼びかけで、メンバーのチャレンジ精神に火が付いた。
担当者が中心となってPythonを学び、膨大なデータを読み解いていく。そして、最も重要な正弦波出力するAEセンサの信号の処理方法が決定した。

「試験データのグラフ」

切削を繰り返しながら片っ端からデータを取得。そのデータ量は1回あたり数十GBにも及んだ。その膨大なデータから正弦波を一つひとつ観測してAE波の変化をとらえるという地道な作業を繰り返した。


 製品化の基礎が固まったとき、メンバーの心の中には「従来と異なる特性を持ったセンサをMEEで考え出した信号処理方法によって世界初の製品になる」という気持ちが生まれてきていた。いままでノイズに埋もれていた正弦波を抽出する方法を見出し、さらには監視に有効な信号処理を作り上げたことで、「かつてない製品を生み出している」という自信である。

「今までのAEセンサとは違うね」とお客様からの声

 独自のAEセンサが確かな輪郭を現すのと並行して2019年10月から半導体メーカーと、 2020年2月からは自動車メーカーとの実証実験がスタートする。その中で、営業・販売、そしてプロモーションも動き始めた。今回のように開発のかなり早い段階から営業が参画するのは初めてだという。

 「この営業に後日話を聞きましたら『「新しい分野の製品だな」とは思いつつも、当時はどこが新しいのかは正直わかっていなかった』と言っていました(笑)。ただ、私たち開発チームの熱意はちゃんと感じとってくれていましたね。そして、担当地域で自動車メーカーでの実証実験がスタートすると、データ測定のニーズにマッチしたという好感触の反応があったようで、今度は彼自身、『これはいける』と熱くなっていく姿が見てとれ、頼もしい限りでした」

 実証実験では、ロボットのベアリングの状態を監視し、メンテナンスや部品交換の予兆を見出した。そのロボットが止まれば生産自体に大きな影響を及ぼす重要な箇所での実証実験であったことから、営業も身の引き締まる思いで臨んだという。

 製品PRは、これまでの e-SS事業での手腕を買われた若手2人が参画する。サンプルプログラム、リーフレットや専用HPなど販促ツールの制作に本腰を入れ始めたのは、発売8か月前の2021年1月だった。


※e-SS事業:e-SSは「e-ソリューション&サービス」の略称。お客様の事業領域全プロセスで求められる必要な情報コンテンツの制作/管理/活用サービスをワンストップで提供する。

これからの未来を担う彼らにバトンを渡す

 「当初は、この2人も製品について、ほとんど何も知らない状態でした。ところが、客先へ持っていくと、お客様や代理店から『今までのAEセンサとは違うね』と喜びの声をもらったようです。そこで『篠原さん、その違いとは何ですか』と質問攻めにあいましたね(笑)。いろいろと話しているうちに、思いはきちんと伝わりましたし、何よりもお客様とのやりとりの中から彼ら自身がこの製品のスゴさを見出し納得していったのだと思います」

 では、そのスゴさとは何なのかを改めて尋ねてみた。
「まず、設備に取り付けやすく、設備の状態を示す数値も簡単に取得できることです。客先でも、取り付けた途端に『見えるんですね』と第一声が上がりますよ。これがまさに、従来のAEセンサとの違いですね。しかも導入しやすい価格で提供できる。このスゴさをさらにわかりやすく彼らには伝えていってほしいと思います」

 では、サンプルプログラムについてはどのような工夫を凝らしたのだろう。

「サンプルプログラム一例」

サンプルプログラムではRMSや最大波高値を測定し、データを保存(左図)。測定データはEXCEL🄬処理が可能で、トレンドグラフやヒストグラムを作成(右図)できる。


「説明なしでも直感ですぐに使えるのが理想。そのために工夫されているのが、シンプルな画面レイアウトと、ワンクリックで測定できる構成です。ドキュメントも分かりやすさを意識して作り上げてくれました。実際、客先からは『すぐに使える』『分かりやすい』と好評価をいただいています」

 2022年度からは営業、若手の販促担当らが中心となり、お客様へのPRや試験のサポートなど、この製品事業を推進している。実はこれは篠原のねらいだ。

 「これまでハードウエア設計技術者が中心となって製品化を達成しました。しかし、これからは、プロモーションやデータ処理、使い勝手のよいアプリケーション開発、さらにはシステムアップや予知保全のコンサルタントの技術力が必要となります。これらはe-SS事業で活躍してきた彼らが、その力を発揮できるステージ。さらには、お客様対応から製品企画まで、彼らならやってくれると期待しています」と、最後に篠原は力強く語った。

※Pythonは、Python Software Foundationの商標または登録商標です。
※Excelは、米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標です。
※取材内容、所属・役職および写真は取材当時のものです。

取材・編集:竹村浩子、文:斉藤俊明、撮影:鈴木康史